「変わらないために変わり続ける」
この矛盾した表現を思いついたのは、「ホメオスタシス」という言葉について考えていたときのことでした。
ホメオスタシスとは
生物の生理系(たとえば血液)が正常な状態を維持する現象を意味する言葉で,〈等しい〉とか〈同一〉という意味のhomeoと,〈平衡状態〉〈定常状態〉の意味のstasisを結びつけて,アメリカの生理学者キャノンW.B.Cannonが1932年に提唱したもの。恒常性とも訳される。
『世界大百科事典』(平凡社)
簡単にまとめると、生物の状態が一定に保たれるという性質を指す言葉です。
たとえば、暑いときに汗をかいて気化熱で体温を下げようとするのは、一定の体温を維持するための生理現象であり、ホメオスタシスという言葉で説明することができます。
そこでタイトルのように考えました。
変わらないためには、変わり続ける必要があるのだ、と。
恒常性が保たれるのは、恒常性を保つためのメカニズムが常に働き続けているからです。
たとえば、体温が下がっていれば上げようと、上がっていれば下げようと、常に身体の状態は変化し続けていると理解できます。
このように考えると、「ホメオスタシス」という言葉はなかなか面白いもの。
結果としては同一の状態が保たれながらも、その過程には変化が続いているということです。
もう少し発展させて考えてみましょう。
現状維持にも現状維持の努力が必要
現状維持には現状維持の努力が必要であると考えます。
連想するのはヘリコプターのホバリング。
ヘリコプターが同じ高度を保つことができるのは、回転翼を高速に回転させ続けているからです。
回転が止まれば高度は下がっていくばかり。
体温調整機能が働き続けることで、平熱が保たれることと似ています。
日常生活にあてはめるならば、たとえば習慣の継続。
毎朝、決まった時間に起きる習慣を続けるためには、決まった時間に起きるための努力が必要です。たとえば、夜更かしを控えたり、睡眠環境を整えたり。
ブログでの投稿を継続するためには、記事を書き続けるための努力が必要です。たとえば、執筆の時間を確保したり、記事の素材となる情報を収集したり。
「習慣」となってしまえば、もはや「努力」とも思わずにこなしているかもしれませんが、その前提には努力が続いているのだと思います。
結果の現状維持と過程の現状維持
ここでウォルト・ディズニーの言葉を引用します。
現状維持では、後退するばかりである。
ウォルト・ディズニー
この言葉、一見すると矛盾しているようにも感じます。
「現状維持」なのに「後退」?
この疑問は、「現状維持」という言葉を、①結果の現状維持 と ②過程の現状維持 に分けて考えると解消されます。
ウォルト・ディズニーの言葉のなかの「現状維持」とは、②過程の現状維持 を意味するのだと思います。
このような言葉もあるそうです。
ディズニーランドが完成することはない。
世の中に想像力がある限り進化し続けるだろう。
ウォルト・ディズニー
ディズニーランドは常に進化しています。
新しいアトラクションやグッズがつくられるなど、新しい試みが続けられています。
これは 過程の現状維持 に満足しない姿勢です。
ディズニーランドを「完成形」として、新たな開発を止めてしまえば、ワクワク感は弱まっていくばかり。
次はどんな企画が生まれるのかなという期待があるからこそ、ディズニーランドは長い間、愛され続けているのだと思います。
そこには、より多くの人により長く、満足してもらうという 結果の現状維持に満足しない姿勢も含まれているのかもしれません。
変わる勇気
とはいえ、「変わる」のは勇気がいることでもあります。
なぜならば、「変わった先」は予測できないからです。
実際には「変わらない先」も予測できないのですが、「今まで変わらずにやってこられたのだから、このままでなんとかなるだろう」という気持ちが働くために、「変わる」ことに対して抵抗を覚えるのだと思います。
たとえば、私は荷物を減らすのが苦手です。
これも「今まで持ち歩いていたものを持ち歩かない」という勇気が出ないからです。
荷物が少ない状態に「変わる」ことへの抵抗があるために、荷物を減らすという行動に移れないのだと思っています。
しかし、変わる勇気が出ないということは、過程の現状維持にもなります。
変わることでプラスの影響が出るかもしれないし、マイナスの影響が出るかもしれない……
でも、やってみないとわからないこともある……
過去に縛られず、「変わる」ことへの勇気を出すことも大切だと感じます。
変わらないために変わり続ける
そろそろタイトルに戻りましょう。
なぜ、変わらないために変わり続ける必要があるのか?
それは、理想とする状態があるからだと思います。
体温でいうところの平熱。
人生において、理想とする状態とは?
答えは、理想とする状態です。
そのまま。答えになっていない。けれども、これ以外の表現が思いつきませんでした。
人それぞれに多様なものだと思います。
私の場合は「自分らしく生きる」ことを理想としていますが、そのためには変わり続ける必要があると感じています。
これもまた矛盾するようではありますが、自分らしさを保つためには環境の変化に応じた変化が必要だということです。
この「変化」は、適応と言い換えることもできます。
適応とは
生物のもつ形態、生理、行動などの諸性質が、その環境のもとで生活していくのに都合よくできていること、または、そのような状態に変化していく過程をいう。
『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)
生物が生存のために環境に適応していくように、世の中で「自分らしさ」を保つために適応していきたいと考えています。
そして、それは環境への同化ではなく、独自性を保った適応でありたい。
そのためには、自分のなかに「変わりたくない部分」をもちながら、それが変わらないように「変えても良いと思える部分」を変えていくことになります。
「変わりたくない部分」とは?
「変えても良いと思える部分」とは?
自己理解とは、それを見つけていくことでもあるのだと思います。
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