自分の文章に自信をもてていますか?
……と問われたら、私は即座に「はい」と答えることができません。
ブログを書いている者としては、「そんなんじゃだめだ」とも思いますが、日々、あれこれと考えながら文章を書いています。
大学院の論文指導で、厳しく文章の指導を受けてきたから、ということもあるかもしれません。
知らず知らずのうちに、指導教員の目が内在化して、ある意味では不安と闘いながら文章を書いているところがあります。
まだまだ成長過程。経験を重ねていくなかで、実力が高まり、それに伴って自信がついていくものでしょうか。
やや後ろ向きな書き出しとなりましたが、今回の記事では、不安を抱えながらも、「文章と自信」について考えていきたいと思います。
失敗しながら自信をつける
冒頭に書いたような悩みがあることから、私にとって「自分の文章についての自信」とは大切なテーマの1つです。
そうしたなかで、noteで出会った次の記事は、とても共感できる内容でした。
みなさんのnoteを読んでいると、自分ってなんて語彙力ないんだろうなぁと、日々へこみます。
だって、みなさんの記事、すっごく輝いて見えるんですもん。
「もっと失敗すりゃいい。そして自分の殻を破ろう。」
私もよくそうやってへこみます。
世の中にはたくさんの素晴らしい文章があります。
読むたびに心を動かされて、「こんな風に書けたら」と思って、いざ真似して書いてみようとすると、思うように言葉が繋がらなかったりするんですよね。
文章というのは奥が深いもので、心惹かれる要素は、書き手の語彙力・表現力であったり、話の展開であったり、知識やユーモアであったりとさまざま。
筆者の人生経験や勉強量、感性の豊かさ……といった要素も文章にはあらわれているように感じます。
それだけに、素晴らしい文章に出会うたび、自分にはそれらの要素がどれだけあるだろうかと、つい考えてしまいます。
ただ、こちらの記事でも書かれているように、圧倒されるような文章の書き手にも、「最初の頃があった」というのは忘れてはならないことだと感じました。
試行錯誤を繰り返しながら、努力を続けていくなかで、いま、私が読んでいる文章が出来上がっているのだ、ということです。
上に掲載した記事の筆者 やーさん は次のように書かれています。
もっといろんな記事を書いてみよう。
挑戦して失敗すりゃあいいんだよ。
そしたら、これだ!という自分の型みたいなものができるかもしれないから。
もっと挑戦しよう!
もっと悩み、もがいて言語化しよう!
そして、自分の殻を破れ!そう感じた今日でした。
「もっと失敗すりゃいい。そして自分の殻を破ろう。」
失敗なくして成長なし。
自信の無さとは、失敗への恐れでもあるのかもしれません。
書いてみなければわからない。今もてる限りの自信をもって、言語化を繰り返していこうじゃないか。
……と前向きな気持ちになることができました。
時点と視点を変えてみる
冒頭に書いたように、自分の文章になかなか自信をもてない私ではありますが、常に後ろ向きというわけではありません。
自分の文章に自信をもてるタイミングもあります。
ここからは、私の小さな経験知として、「自分の文章に自信をつける考え方」を共有したいと思います。
時点を変えてみる
ひとつ目は、「時点を変えてみる」ということです。
ある程度の期間をおいてから、自分の文章を読み返してみると、「意外と悪くないかも」と思えるときがあります。
書いている時点での印象と、時間が経ってから自分で読み直したときの印象が変わっていることがあります。
ブログやnoteの場合には、アクセス状況やリアクションが反映されていることでしょうから、特に反響の大きかった投稿を読み直してみると良いかもしれません。
文章に関するノウハウとして、「自分が書いた文章を一晩寝かせてから推敲する」というものがあります。
これは書いている時とは異なる心理状態で、冷静に文章を読み直すことで文章を正していく……ということであり、どちらかといえば、マイナスに気づくための方法です。
これと反対に、時間をおくことで「プラスに気づく」ということもできると思っています。
アルバムをめくりながら、楽しかった思い出や輝かしい思い出を振り返るように、自分が書いたものを振り返ることで前向きな気持ちになれることもあります。
経験に比例して文章力が高まるとすれば、今よりも経験の少ない時期に書いた文章は読めたものではないんじゃないか?
……と思いきや、必ずしもそうではないようです。
文章の魅力はそもそも単純に数値化できるものではありませんし、一次関数のグラフのような直線で変化するものでもありません。
調子は山あり谷ありです。
スランプに陥ったときには、「山」の頃の文章に戻ってみると、自信を取り戻せるかもしれません。
自画自賛でも良いと思います。自分を褒めなければ自信はもてません。
視点を変えてみる
ふたつ目は、「視点を変えてみる」ということです。
「これは力作!」と思って書いた文章よりも「これで良いだろうか?」と不安を残しながら書いた文章に大きな反応があることがあります。
これも文章の面白いところで、文章の魅力は書き手と読み手で必ずしも一致しないということでしょうか。
「視点を変えてみる」というのは、読み手の目線になってみるということです。
「読み手の目線になる」ということは、書き手の独りよがりにならないためのストイックな姿勢としていわれることがありますが、これも上で書いた「時点を変えてみる」のと同様に逆の考え方もできます。
すなわち、プラスを見つけるために、読み手の目線になるということです。
自分にとって自信がもてない文章も、誰かにとって心地よく感じられることもあります。
冒頭で紹介した記事も、筆者のやーさんは「へこみます」と書かれていますが、私にとっては輝いて見えました。
日々の執筆活動での不安に寄り添ってくれる文章。
悩みながらも書き続けようではないかと前向きな気持ちにさせてくれます。
SNSやブログ、noteで温かい反応を頂いたら、それは素直に喜んで自信に繋げていきたいものです。
自分では気づけない自分の強みを、誰かが見つけてくれるかもしれません。
おわりに
「自信のなさ」は「向上心」に繋がるものであると思っています。
現状に満足せず、より高い理想があるからこそ、現状と理想のギャップにへこんでしまう……
「向上心」があるからこそ「自信がもてない状態」も生まれるという考え方です。
そう考えると、自信がもてない状態というのは、必ずしも悲観することではないと思えます。
大切なのは、その先に行動が伴うかどうか。
そして、行動の結果がどうであれ、諦めずに続けることができるかどうか。
映画やドラマでは、小説家の書斎にぐしゃぐしゃに丸められた原稿用紙が散乱しているシーンがあったりしますが、ああやって失敗してもがいて、文章は出来上がっていくものなのかもしれません。
恐れずに、もっと失敗しよう。書き続けよう。
そう心に刻み、今回はここで筆を擱きたいと思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
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