SNSは自己顕示欲を満たしてくれるツールです。
「インスタ映え」という言葉が流行したように、SNSでの投稿により「誰かに見てもらう」という欲求が満たされる部分は少なからずあると思います。
(もちろん、これはSNSの1つの側面に過ぎず、人との交流や情報発信・情報収集に重きを置いているユーザーもいることでしょう)
今回の記事では、自己顕示欲に焦点をあてて、その良い面・悪い面を考えてみたいと思います。
自己顕示欲のメリット
自己顕示欲は、ひとつの原動力ともなり得ます。
「インスタ映え」を求めて外出する、買い物をする、その他努力をする……といった行動パターンがあるとすれば、自己顕示欲があるからこそ、行動的になれるともいえます。
さらに、SNS上のコメントや「いいね」といったリアクションにより、承認欲求が満たされれば、より一層、モチベーションも高まることでしょう。
そういう意味では、「誰かに見てもらいたい」という欲求は決して悪いものでもありません。
これはSNS上に限った話ではなく、オフラインでの日常生活でも自然な反応です。
誰かに見てもらえる、そして、肯定的な反応をもらえるということは嬉しいことに違いなく、活力を与えてくれることでもあります。
私自身もブログで発信を続けられるのは、見てくださる方や反応をくださる方がいるからです。
自己顕示欲を否定するつもりはありません。
自己顕示欲のデメリット
自己顕示欲のデメリットは、自己顕示することにとらわれてしまうことです。
投稿映えする行動ばかりを好むようになり、「映えない」行動が抑えられてしまうのは避けたいものです。
必ずしも「映える」行動が良いことであるとは限らず、また、「映えない」行動が悪いことであるとも限りません。
たとえば、勉強は「映える」行動にもなれば、「映えない」行動にもなります。
「映える勉強」として、Instagramなどでは、綺麗に書かれたノートや英単語がびっしりと書かれたプリントの写真が投稿されていることがあります。
こうした投稿も勉強のモチベーションを高める上では有効なのかもしれませんが、そればかりになると勉強の効率性が落ちてしまうかもしれません。
「映えない勉強法」でも勉強にはなります。むしろ、映えない勉強法の方が効率が良い場合もあるでしょう。
書いて学習するよりも、読んで学習するほうがスピードは上がります。
時間をかけて綺麗なノートを作成するよりも、問題演習を繰り返すほうが実戦力は高まるかもしれません。
写真映えしないし、そもそも、写真を撮るタイミングもない勉強法。自己顕示欲と無関係な勉強法にもしっかり効果はあります。
まとめ
「誰かに見てもらいたい」という感情は自然なものであり、行動の原動力にもなる大切なものです。
しかし、自己顕示欲に依存的になってしまうと、行動それ自体の本質を見失ってしまうかもしれません。
なぜ行動するのか。それは単に誰かに見てもらうためなのか。それが本来の目的なのか。
……と考えてみるのは大切なことだと思います。
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